失速と旋回 — 「引いても曲がらない」の正体

更新 2026.09.05 — 読了 8分

バンクを入れた瞬間に失速速度は上がります。荷重倍数・旋回半径・コーナー速度を実際の数値で。渓谷で減速してはいけない理由。

「引いているのに曲がらない」「旋回に入った途端に落ちた」——このゲームで最も多い失敗であり、そして実機でも同じことが起きます

ここでは何が起きているのかを、飛行モデルの実際の数値で説明します。数値はすべて機体定数から導いたものです。

1. バンクを入れると失速速度が上がる

このゲームの旋回は自動協調ではなく、実機式の「バンク+プル」です。

バンク角 φ で高度を維持するには、揚力の垂直成分が重力と釣り合う必要があります。つまり水平飛行より大きな揚力——荷重倍数 n が要ります。

n = 1 / cosφ
失速速度 Vs(φ) = Vs × √n

1g の失速速度は海面で約 240 km/h です。バンク角ごとに見ると:

バンク角荷重倍数失速速度
1.00g240 km/h
30°1.15g258 km/h
45°1.41g286 km/h
60°2.00g340 km/h
300 km/h で 45° バンクは、失速まで 5%

そこで機首を引くと迎え角が失速域(15° 超)に入り、揚力がむしろ減って旋回率が出ません。引くほど曲がらなくなるのはこれが原因です。

HUD の速度バーにある失速ラインは、バンク角と高度に応じて上下に動きます。これは Vs(高度)/√|cosφ| をそのまま表示しているアシストです。操作を代行するアシストは無い代わりに、表示は正直に危険を出しています。旋回中は常にこのラインを見てください。

2. 遅いほど曲がれない

「安全のために減速する」は、このゲームでは逆効果です。速度ごとに引けるGと旋回半径を計算すると:

速度引ける最大G最良旋回半径
300 km/h≈1.8g≈460 m(失速の縁)
400 km/h≈3.0g≈440 m
500 km/h≈4.6g≈440 m
600 km/h≈6.5g≈440 m
700 km/h≈8.8g≈445 m
725 km/h9g(構造の上限)≈450 m
900 km/h9g で頭打ち≈700 m
1,100 km/h9g で頭打ち≈1,050 m

ここから 3 つのことが分かります。

① 450〜600 km/h が実用レンジ。 これより遅いと引ける G が乏しく、旋回半径は急激に悪化します。300 km/h は F-2 では着陸進入速度の領域で、機動にはもっと速い域を使います。

② その帯の中では、半径は 440 m 前後でほぼ一定です。 400〜700 km/h の最小旋回半径はこの範囲に収まり、変化はわずか 2% です。揚力(∝V²)と遠心力(∝V²)が相殺するためで、速さが効くのは半径ではなく旋回率(向きの変わる速さ)の方です。

③ 725 km/h を超えると、今度は半径が膨らむ。 ここがコーナー速度——空力の揚力が構造の 9 G 制限に届く速度です(海面・基準質量)。これより上は引ける G が 9 で頭打ちになるので、半径は速度の 2 乗で広がります。900 km/h で約 700 m、1,100 km/h で約 1,050 m。§8 で詳しく扱います。

つまり速度にははっきりした下限があり、上限側の代償はコーナー速度から先に急に来る。迷ったら速い方を選ぶのは正しく、その「速い方」の上限が 725 km/h です。

3. 低速では舵そのものが効かない

失速の手前に、もう一段の落とし穴があります。舵の効きは動圧に比例します。

効き = (速度[km/h] / 396)²

速度が半分になれば効きは 1/4。さらに舵の立ち上がりには 0.3 秒の時定数があります。

低速域では「舵の利きが鈍る」ことと「操作が遅れて届く」ことが重なって起きます。失速しかけてから慌てて操作しても間に合わないのは、腕の問題ではなく、この仕様によるものです。

4. 失速からの立て直し

順番が決まっています。

リカバリー手順

① バンクを戻す → ② 機首を下げて増速 → ③ 速度が戻ってから旋回をやり直す

高度(=位置エネルギー)を速度に変えるのが最速です。バンクを戻すのが先なのは、バンクが入っている限り必要な揚力が増えたままだからです。

ただし、この手順が使えるのは高度に余裕があるときです。渓谷コースは地形との間隔が最初から詰まっているので、渓谷での鍵は「立て直し方」ではなくそもそも低速に落とさないこと——予防そのものです。

5. 渓谷での実践

低空侵入コース(黒部峡谷南アルプス・大井川源流上高地・梓川 など)は、川筋に沿って曲がるのが正解ルートです。直線ショートカットの誘惑を捨てて、地形に沿ってください。

鉄則はひとつです。

速度を確保してから、深めのバンク+しっかりプル。

浅いバンクでだらだら曲がるより、速度を作って一気に向きを変える方が安全です。浅いバンクは旋回率が出ないまま時間だけを使い、その間に谷の壁が近づいてきます。

実際の操作は「曲がる直前に絞る・直線で戻す」の繰り返しになります。速すぎるとレーダー天井の高度管理が苦しくなるためです。

レーダー天井は地面基準

低空侵入の天井は AGL(地表からの高さ)で効きます。水平飛行を続けているだけでも、地面が盛り上がれば天井を突き抜けます。尾根に向かうときは先に機首を下げてください。

6. 実機とどう違うか

このモデルの揚力係数から質量を逆算すると 約 12.7 t になります。実機でいう着陸重量あたりの値で、失速 240 km/h も進入 280 km/h も、その 12.7 t の上で測ってあります。推力もこの 12.7 t に対して決めてあり、F110 の公表推力を 12.7 t で割った値がそのまま入っています。

この節の数値は、すべて 12.7 t での実測値です。 実際の出撃重量は積んだものと残燃料で決まるので、増槽 2 本を吊る松島基地の場周や編隊飛行では 15.1 t になり、失速速度は 262 km/h まで上がります。逆に燃料を焼けば軽くなり、下の表の値へ近づいていきます(F-2 という戦闘機 §4)。

項目ゲーム実機
最高速度(低高度)≈1,160 km/h(MIL)/ ≈1,380 km/h(AB)AB でマッハ 1.1〜1.2
推力重量比0.61(MIL)/ 1.04(AB)F110-GE-129 ÷ 12.7 t = 同じ
400 m → 3,000 m の上昇35 秒(MIL)/ 16 秒(AB)同じ重量の解析値と同等
上昇限度約 14,900 m(MIL)/ 約 17,400 m(AB)実用上昇限度 約 18,000 m
失速・旋回の空力実機準拠
構造 G 制限+9 / −3 G実機 FBW と同じ
ロールレートコマンド 180°/s実機 FBW 準拠

最高速度の頭を押さえているのは抗力の底上げではなく、遷音速の造波抗力です。マッハ 0.78 未満では造波抗力はゼロなので、実際に飛ぶ帯域は素通しになります。

7. 高いところは、別の世界になる

大気は実機と同じ ISA 標準大気 1 本で、推力・揚力・抗力・マッハ数が同じ空気を読みます。海面は素通し(密度比 1.000)なので着艦や低空侵入には効いてきません。効くのは上へ行ったときです。

高度失速速度(真対気)造波抗力の壁飛べる帯の幅
0 m240 km/h956 km/h715
6,000 m327 km/h889 km/h561
10,000 m414 km/h841 km/h427
16,000 m654 km/h829 km/h175

薄い空気では、同じ揚力を出すのにより速く飛ばなければなりません。一方で音速は気温とともに下がるので、抗力の壁は逆に降りてきます。上へ行くほど、飛べる速度の帯は両側から締まります。

高高度の旋回は本当に高く付く

上昇限度の 17,000 m 付近では、失速と抗力の壁の間が 100 km/h 台しかありません。そこへバンクを入れれば失速側がさらに上がってきます(§1 と同じ理屈です)。実機のパイロットが「コフィンコーナー」と呼ぶ領域が、追加の仕掛けなしにこのモデルから出てきます。

上昇限度も物理から出ています。最小抗力は高度に依らない定数なのに対し、推力は空気の薄さとともに落ちていく——この 2 本が交わる高度が、そのまま上昇限度です。低空で最高速まで加速してから引き起こしても、そこが天井になります。

8. 構造の G 制限 — +9 / −3 G

実機の F-16 / F-2 の FBW は、機体が壊れる引きを手前で自動的に抑え込みます。このモデルも同じで、荷重倍数は +9 G / −3 G で頭打ちになります。

止め方は、残っている G の余白に合わせて迎え角の変化率を絞り込む方式です。この一つの式で、制限の縁になめらかに収束し、高い G の旋回もそのまま安定して維持できます。1,134 km/h からのフルプルでも最大 8.95 G に落ち着き、5 秒間その状態を保っても安定したままです。縁で操舵をゼロまで絞る方式だと持続旋回の権限が足りなくなるため、この方式を採っています。

HUD の G 表示を見る

速度ボックスの上に荷重倍数が出ています。制限に近づくとアンバーに変わります。実機の G リミッタと同じく警報音は鳴りません(超えられない以上、オーバー G 警報という概念が無い)ので、「引いているのに機首が付いてこない」理由はここに出ます。

コーナー速度(海面・基準質量で 725 km/h)より下では、一度も作動しません。 そこでは先に迎え角の限界が来るからです。着艦・空中給油・課目・低空侵入といった、ふだん飛んでいる速度帯の挙動はこの制限が入る前とまったく同じです。効くのは 725 km/h より上——低空を全開で突っ切ってから引き起こすような場面だけです。

増槽やミサイルを積んだ実機の制限荷重は 9 G よりかなり手前に下がりますが(F-2 の武装 §5)、このモデルの制限は形態によらず 9 G です。増槽を吊ったときに引ける G が減るのは、重くなった分だけ同じ速度で作れる荷重が小さくなるからで、構造側の上限が動くわけではありません。

これで、実機の FBW が引きに掛けている制限は迎え角と荷重の両方が揃いました。裏を返せば、速度を守っていれば実機どおりに飛べるということでもあります。

まとめ

  1. バンクを入れた瞬間、失速速度が上がる。 45° で 286 km/h、60° で 340 km/h。
  2. HUD の失速ラインは動く。 旋回中はそこを見る。
  3. 450 km/h を下回って曲がろうとしない。 遅いほど曲がれない。
  4. 旋回半径は 440 m 前後で底を打つ。 725 km/h(コーナー速度)から上は 9 G 制限で逆に膨らむ。
  5. 立て直しはバンクを戻すのが先。 ただし低空ではやり直せない。